「目次」と「はじめに」部分のみを掲載しています。

新しい中期・長期予報とその利用法

目次の部

はじめに

第1章       季節を彩る天候

1・1 天候を見る眼鏡

  1・1・1 平均図と偏差図 

1・1・2 500hPa天気図と地上気温

1・1・3 平年値と階級区分

1・1・4 異常気象の尺度

1・2 季節の顔とその偏りの特徴

1・2・1 冬

1・2・2 春

1・2・3 梅雨

1・2・4 夏

1・2・5 秋

1・3 日本の天候に影響する地球規模の現象

1・3・1 ブロッキング

1・3・2 ENSO(エルニーニョ・南方振動)

1・3・3 エルニーニョ現象と世界の天候

1・3・4 エルニーニョ・ラニ―ニャ現象と日本の天候

1・3・5 テレコネクション(遠隔結合)

第2章 長期予報におけるものの見方

2・1 長期予報への道

2・2 気象と天気予報

 2・3 長期予報は何を見ているか

2・4 長期予報における着目点

2・4・1 大規模な場

2・4・2 偏西風の流れ方(東西流型、南北型)

2・4・3 東西指数

2・4・4 西谷型、東谷型

2・4・5 3か月予報等の境界条件への依存性

2・5  長期予報における統計的・経験的予測手法

 2・5・1 相関法

 2・5・2 類似法/反類似法

 2・5・3 周期法

2・6 力学的予測

第3章 気象の外的条件、現象の特徴とそれを支配する法則

 3・1 太陽と地球

3・1・1 太陽系における地球

3・1・2 地球の自転

3・1・3 太陽エネルギー

 3・1・4 温室効果と地球大気の熱経済

3・2 大気圏の構造

3・2・1 鉛直構造

3・2・2 南北断面

3・3 気象現象の特徴

3・3・1 現象のスケール

3・3・2 現象の階層性と相互作用

3・4 気象現象を支配する法則

3・4・1 支配方程式系

3・4・2 地衡風の関係

3・4・3 熱エネルギーのやりとり

第4章 数値予報技術

4・1 数値予報モデル

4・2 数値予報の原理

4・3 数値予報の仕組みと手順

4・3・1 数値予報用コンピューター

4・3・2 数値予報の基本手順 

4・3・3 連続量の離散化

4・3・4 スペクトルモデル

4・3・5 解析・予報サイクル

4・4 数値予報モデルの精度と限界

4・5 GPVとガイダンス

第5章 中・長期予報の新しい考え方―アンサンブル予報―

5・1 日替わり予報

5・2 初期条件の違いと結果の違い

5・3 ローレンツの実験

5・3・1 最初の実験(偏西風の振る舞い)

5・3・2 ローレンツモデル(2次元対流の振る舞い) 

5・3・3 ローレンツモデルと大気のアナロジー

5・4 アンサンブル予報の原理

5・4・1 予報の精度―スプレッドー

5・4・2 予報で得られる情報

5・5 初期値の作成法

第6章   1か月アンサンブル予報の枠組みとプロダクト

 6・1 予報区、予報要素など

 6・2 予報モデルの仕様

6・3 アンサンブルメンバー

6・4 予報資料の種類と内容

6・4・1 実況解析図 

  6・4・2 アンサンブル平均図

  6・4・3 スプレッド・高偏差確率

6・4・4 各種時系列(気温、東西指数、高度、スプレッド、 速度ポテンシアル)

  6・4・5 ガイダンス(気温、降水量などの確率、晴れ日数などの出現率、気温などのヒストグラム)

6・5 ガイダンスの作成法 

6・5・1 ガイダンスの基本概念

6・5・2 1か月予報ガイダンス

第7章    1ヶ月アンサンブル予報の実践ガイド

7・1 実況経過の把握

7・2 予報の不確定性(信頼度)の検討

7・2・1 スプレッド

7・2・2 高偏差生起確率

7・3 数値予報結果(予想される大規模な循環場)の検討

7・3・1 500hPa高度場・偏差図

7・3・2 850hPa温度場・偏差図

7・3・3 平均海面気圧・凝結量 

7・4 要素別予報、確率値の決定

第8章 3か月予報、暖・寒候予報、エルニーニョ予測

8・1 3か月予報

8・2 暖・寒候期予報

8・3 エルニーニョ予測

第9章 中期予報(週間アンサンブル予報)

 9・1 アンサンブル予報の考え方

9・2 予報モデルの仕様と運用

9・3 信頼度情報および週間解説図

第10章 中期・長期予報の利用法

10・1 中期・長期予報資料とその入手方法

10・2 リードタイムを考慮した情報の多段的利用

10・2・1 予報メニューの階層性

10・2・2 情報の段階的適用

10・3 意思決定過程における予報の効用

  10・3・1 コストーロス比モデル

10・3・2 意思決定における予報の最適ルール

  10・3・3 基本予報技術の期待費用と価値

10・3・4 アンサンブル予報の優位性

 10・4 アンサンブル予報の応用

10・4・1 確率予報

10・4・2 アンサンブル予報を利用した天候リスク評価

10・5 天候デリバティブ

10.5.1 ウエザーデリティブ

10・5・2 ウエザーデリバティブの例

10・5・3 ウエザーデリバティブと気象

第11章 諸外国の長期予報

 おわりに 

 

[付録]

1.支配方程式系

2.ローレンツモデル

3.エルニーニョのメカニズム

4.長期予報小史

5.気象予報士試験(長期予報関連分野)問題例

   6.長期予報に関連する用語

はじめに

2001年の春から1か月先までの長期予報が自由化された。気象事業者にとっては、これまでの短期予報などの自由化と合わせて、1か月先まで独自の予報や解説などを提供することが出来る環境が整ったことになる。自由化に伴い長期予報が新たに気象予報士試験の対象となった。気象庁では最新鋭のスーパーコンピュータの導入を背景に、これまでの1か月予報の大幅な改善および高度化を図ると共に、民間での利用を一層促進するために大量の予測計算の結果や予報支援資料を公開し、部外への提供を開始した。さらに、同年7月からは中期予報に属する週間天気予報についても従来の予測手法を抜本的に改善し、日々の予報に信頼度を付加している。週間予報および1か月予報の予測手法は、いずれも従来型の単独の初期値に基づく数値予報と異なって、多数の集団的初期値を用いるアンサンブル予報と呼ばれる数値予報技術に基づいている。  

わが国の長期予報は明治末期に頻発した東北地方の冷害を契機に開始され、約60年の歴史を持っているが、予測技術に初めて力学的手法が導入されたのは1990年3月のことで、1か月予報を対象としていた。力学的手法といっても1か月予報の前半部分だけを数値予報で行い、後半は従来の統計的手法で行うという変則的な形態であった。また、当時はアンサンブル予報が実用化されていなかったため、力学的部分も従来型の数値予報であった。その後、アンサンブル予報の実用化を目指した開発が進められ、気象庁は1996年3月にはアンサンブル予報による本格的な1か月予報を開始した。アンサンブル予報結果の生データはこれまで部内でのみ利用されてきたが、アンサンブル予報モデルの大幅な改善や計算結果の部外提供等の体制が整ったことにより、このたびの自由化に至ったものである。

本書で紹介する週間天気予報および1か月予報を対象としたアンサンブル予報の手法は、1、2日先までの短期予報や台風進路予報などと異なる新しい数値予報技術に基づいている。さらに気象庁は3か月予報へのアンサンブルモデルの導入に向けて技術開発を進めており、予報期間の長い6か月程度の予報についても視野に入れている。アンサンブル予報の導入は世界的な潮流となっており、いよいよ長期予報技術は統計的手法から力学的法則に基づく数値予報時代へと動き始めた。

 さて、21世紀の幕開けは、世界の各地で近来にない寒さで始まった。モンゴルでは歴史的な雪害に見舞われ、日本でも10年近く続いてきた暖冬慣れの各地に予想外の寒さや雪をもたらし、社会を驚かせた。2001年の梅雨空けは、沖縄、奄美地方は例年どおりであったが、関東甲信地方だけが10日程度も早くなり、その後猛暑が継続した。隣の朝鮮半島では厳しい干ばつから一転して大洪水に見舞われた。2002年の春は3月中に桜が満開となってしまい、種々のイベントに種々の影響を与え、全国的に異常な高温に見舞われた。このような1週間や1か月程度も継続するような高温や長雨、あるいは少雨などの天候の偏りは、地球規模で見ればしばしば起こっている。考えてみると、人々の生活や産業活動は、日々の気象や数日先の天気、あるいはもっと先の天候がいつもの通り、すなわち平年並みに推移することを大前提として動いているのではないだろうか。したがって天候の平年並みからの偏りが大きくなると、農産物をはじめエネルギーの需給関係など社会経済活動の諸分野に影響が現れ、さらに偏りが災害を及ぼす程度にまで大きくブレると危機の発生にもつながりかねない。

科学技術は、近年、急速な勢いで私たちの住まいや活動、さらに産業のフロンティアを押し広げて種々の利便を提供しているが、それらのフロンティアは気象の変化に対する耐性を十分に持ち合わせているとは言えない。むしろ最近の事象はその弱さを見せつけてすらいる。気象や天候の変動に対して、個人や組織はそれぞれの才覚でリスクを考慮しながら一定の対策をとってはいるが、ある程度以上の厳しい気象による被害や損害は、止むを得ざるものとして諦められてきた観がある。確かに台風の襲来による農作物の被害などの防御には自ずと限界がある。最大の原因は、これまで対策を立てようにも頼りとする気象予報の精度が中期および長期予報の分野では十分でなかったことが挙げられるが、同時に、予報に基づいて対策をとるのに必要な費用(コスト)の節減と損失(ロス)の回避・軽減についての実用的なモデルが十分に流布していないこともある。

一方、最近ウエザーデリティブと呼ばれる新しい天候リスク回避の手法が拡がりつつある。ウエザーデリティブは、1997年あたりから米国やヨーロッパで生まれたもので、暖冬や冷夏が生じた場合の売上減少や機会損失を回避するために、来るべき期間の気温などを指標化(インデックス化)してその数値自身をあたかも金利や株価のように扱ういわゆる金融派生商品の一種であり、天候保険の性格を持っている。日本でも急速に拡大しつつある。例えば、ある企業と損害保険会社との間で、冬季3か月間の寒暖の程度を毎日の気温偏差などの累積値を用いて、予め1200度日などと指標値で約定しておき、当該期間が終了した時点で自動的に判明する実際の累積値との差(すなわち暖・寒冬の程度など)に応じて一種の補償金が支払われる仕組みを持っている。累積値がその値に達しなければ補償金は払われないが、この場合には回避すべきリスクが生じなかったから、一般に本業にはむしろ好都合の筈である。保険の場合は査定があり支払いに時間がかかるが、ウエザーデリバティブの場合は、約定期間が満了の日に直ちに指標値が判明するから清算が可能である。長期予報はウエザーデリバティブの価格設定や商品の購入者にとって利用価値を秘めている。

一般の人々にとって、明日や明後日の天気についての関心は、どのくらい雲が拡がるか、雨が降るか、気温は何度まで上るか、風や波は何mくらいか、それらの時間的な推移はどうなるかなどであろう。このような詳細な関心は各人が明日などに行うべき種々の意思決定にとってたちまち必要であり、また自然な欲望でもある。ところが1か月先の天気や天候となると、ユーザーの要請も日単位というよりも(予報技術自身がそこまで達していないことが根本であるが)数日単位となり、気象自身も絶対値より、期間の平均や傾向である場合が多い。すなわち、先週に比べて、先月に比べてあるいは平年に比べてという情報が重要視される。

本書で紹介する中期・長期予報のアンサンブル予報の結果は、答えが白か黒かではなく、信頼度や頻度分布などある幅を持った確率的な情報として出力され、一般にも公開されている。したがって、アンサンブル予報の結果を上手に利用することにより、これまでより有効な対策が立てられるはずである。

本書の目的は、気象技術者のみならず農産物やエネルギー商品などの生産や流通に携わるビジネスマン、自然災害などを対象とした損害保険関係者など中期・長期予報技術に関心を持つ人々や中期・長期的天候変動の影響を受ける種々の分野の人々を対象に、現在、気象庁で行なわれている中期・長期予報技術の全体像を出来るだけ広くとらえ、また平易に紹介することを心がけた。中期・長期予報における物の考え方のほか、アンサンブル予報のバックボーンである大気の持つカオスおよび実際に運用中の1か月アンサンブル予報技術に主眼を置き、合わせて現在でも行われている3か月予報および暖・寒候期予報の統計的手法などについても言及した。

アンサンブル予報は、大気の運動を物理的法則に従って客観的に捉え、予測しようとする力学的な数値予報技術に基づいており、その発展型に他ならない。このためアンサンブル予報に関わる議論が本書で一応完結するように、大気の諸現象が振舞う地球、現象の原動力である太陽エネルギー、さらに気象を支配する種々の法則や原理、数値予報技術と数値予報モデルの仕様などについても触れた。

本書の構成は、第1章で長期予報の主な予測対象である季節の特徴を、第2章で長期予報におけるものの考え方を、第3章で気象を支配する諸法則や気象現象の特徴を、第4章で数値予報技術の概要を、第5章でアンサンブル予報の基礎概念を、第6章で実際の1ヶ月アンサンブル予報の仕様や出力を、第7章で1か月予報作成の実践的ガイドを、第8章で3か月予報および暖・寒候期予報を、第9章に中期予報である週間アンサンブル予報を、第10章で予報の価値や中期・長期予報の利用法、ウエザーデリバティブなどを、第11章に世界の動きを記述した。中期予報の記述が後章になったのは長期予報を主眼に置いたためである。

なお、付録として、数式的な部分、エルニーニョの説明、曲折を経てきたわが国の長期予報の小史、新たに気象予報士試験の部門に加えられた長期予報関連の試験問題例、長期予報関連用語、1か月予報支援のための資料リストなどを収めた。最後になったが気象庁では高野ら(1996、1999など)が中心となってアンサンブル予報に関する優れた研修テキストや解説等を多数作成している。執筆の大きなよすがになったと同時に、随所で引用させて頂いた。また高野、前田の両氏をはじめ気象庁の諸氏には種々教示を頂いた、ここに記してお礼を申し上げる。さらに、種々の助言を頂いた新田尚博士にお礼を申し上げるとともに、編集を担当された広木理人氏の労苦に感謝いたします。

――――――――――――予報の自由化(囲み)――――――――――――――

天気予報に代表される日本の気象業務は明治初期の創設以来、長い間、国の行うべき業務として継続されてきたが、1993年に法律が改正され、いわゆる予報の自由化が始まった。自由化当初の数年間は民間の行う予報サービスの範囲は、市町村規模を対象とした1週間先までの局地予報に限定されていたが、2000年からは区域が拡大され、また行政区域にとらわれないxx盆地、〇〇山麓などの予報も可能となった。現在、民間気象事業者等が行うことができる気象予報の種類および予報期間は、短時間予報( 3時間先まで)、短期予報(3時間以上48時間まで)、中期予報(48時以上7日先まで)、長期予報(8日先以上1か月先まで)となっている。なお、2002年7月現在41の気象事業者が予報業務の許可を受けている。

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