「目次」と「はじめに」部分を掲載。

  そこが知りたい天気予報の知識と技術(目次)

はじめに
1. 天気予報とは
1.1 天気予報についての疑問
1.2 天気と気象
1.3 予測と予報
1.4 気象予報と気象庁の責務
1.5 気象情報と気象予報・注意報・警報
1.6 気象予報の種類・予報区・予報用語・警報基準
1.7 気象庁の組織
1.8 民間における気象予報 

2. 天気予報を支える知識・現象の理解
2.1 天気は地球を包む大気の薄皮の揺らぎ
2.2 気温は上空ほど低い?
2.3 風は上空ほど強い?
2.4 大気は波動で満ち、天気はその一断面
2.5 気象現象の空間・時間スケール
2.6 気象現象の階層性と相互作用
2.7 現象の立体構造と概念モデル
2.8 温帯低気圧
2.9 台風
2.10 高気圧
2.11 寒冷渦
2.12 梅雨
2.13 前線
2.14 北東気流
2.15 積乱雲、雷雨
2.16 大雪
2.17 集中豪雨
2.18 フェーン現象
2.19 山岳波

3. 天気予報に用いる技術
3.1 地上気象観測
3.2 アメダス
3.3 気象レーダー観測・レーダーアメダス解析雨量図
3.4 高層気象観測
3.5 気象衛星観測
3.6 船舶・ブイ・航空機による観測
3.7 ウインドプロファイラー、超音波ソーダー、GPS、雷標定システム
3.8 数値予報技術
3.8.1 数値予報と天文予報との違い
3.8.2 数値予報の原理
3.8.3 数値予報の手順ー48時間予報も分刻みからー
3.8.4 解析・予報サイクル
3.8.5 数値予報モデルの基本仕様
3.8.6 数値予報モデルの限界 
3.9  数値予報モデルの出力と天気予報への翻訳 
3.9.1 GPV
3.9.2 ガイダンス
3.9.3 ガイダンスの基本概念
3.9.4 天気予報文とガイダンス
3.10 エマグラム

4. 天気予報の実際の技術
4.1 短期予報
4.2 分布予報・時系列予報
4.3 短時間予報
4.4 確率予報
4.5 台風の進路予報と台風情報
4.6 週間天気予報
4.7 長期予報
4.7.1 1ヶ月予報ーアンサンブル予報ー
4.7.2 季節予報・気候予報
4.8 予報支援中枢 
4.9 天気予報の精度と評価

5. 天気予報を支える知識・理論の理解
5.1 太陽エネルギーは気象エンジンのガソリンの根源
5.2 天気予報を支配する法則
5.3 地球が自転していること・球であること
5.4 天気予報を支配する原理の数学的表現
5.5 大気の運動を波動として捉える
5.6 スケールアナリシス
5.7 線形解析
5.8 気圧は空気の重さ、気圧は天空の高度計
5.9 水平面と等圧面(z系とP系)、鉛直p-速度(ω:オメガ) 
5.10 地衡風
5.11 傾度風
5.12 旋衡風
5.13 南半球の高・低気圧
5.14 鉛直運動と安定性・保存量
5.14.1 大気の鉛直安定度
5.14.2 断熱変化と温位
5.15. 気象現象を特徴づけるパラメター
5.15.1 渦度
5.15.2 角運動量保存の法則
5.15.3 収束と発散
5.15.4 移流と流速(フラックス)
5.16 温度風・層厚(シックネッス)
5.17 リチャードソン数と晴天乱気流(CAT)
5.18 温帯低気圧の発達のメカニズム
5.18.1 傾圧不安定性
5.18.2 ロスビー波
5.18.3 低気圧の発達とエネルギー変換

6. 新しい天気予報の世界


そこが知りたい天気予報の知識と技術

はじめに

「予報課長を出せ。今日は晴れるというから仕入れた弁当が、この雨で散々だ。どうして呉れるんだ」、「満員だった土曜と日曜の宿泊予約が、週間予報で土・日が雨と出たものだから、キャンセルが相次いでしまった。ところがどうだい、実際は朝から良い天気じゃないか、迷惑な天気予報は止めてくれ」などのお叱り電話を、気象庁で予報業務に長年携わってきた筆者は、何回か受けました。また、防災関係者からは、警報が濫発され過ぎではないかとの指摘も受けました。その度にお詫びをしながらも、電話の主や関係者に天気予報の仕組みや技術の現状の説明もしましたが、まだまだ「天気予報」についての誤解や予報業務に携わる私たちの側からの説明不足があるのを痛感しました。
 日本では天気予報は、100年以上も前の明治初期の1884年に始まりました。このころの天気予報の知識と技術は、現在と比べると文字通り月とスッポンほどの差がありました。当時の気象観測の地点は今日に比べると全く疎らで、日本の周辺は中国や台湾、朝鮮の一部だけで、しかもほとんどが地上のデータでした。観測結果の通報は電話や電報の取り次ぎで、東京に集まるまで優に数時間以上を要しました。もちろん地球を取り巻く偏西風と言う概念はありませんでした。
 そんな中にあって1927年5月27日に出された、『天気晴朗ナルモ波高カルヘシ』との対馬海峡を対象とした予報は有名で、天気予報の諸原理もほとんどど知られていなかった日露戦争の時代に、まさに経験と鋭い洞察力で予報を適中させた技術の象徴です。
 以来、気象観測の対象は、地表から高層へ、宇宙へ、陸上から海洋へとグローバルに広がり、観測手段も、目視等の人力から機械化・自動化、さらに気象レーダーや気象衛星などのリモートセンシング(遠隔測定)技術を利用したリアルタイム監視へと発展しました。地球規模の観測には国際協力が不可欠で、現在、国際連合の世界気象機関(WMO)の枠組みのもとで、各国が標準的な観測方法に従って世界一斉の観測とデータの相互交換を行っており、日本は先進国の一員として気象衛星「ひまわり」の運用やアジア地域を対象とした種々の支援センターの役割を担っています。
 一方、予測技術では、かっての観天望気や経験則から、物理法則に基づいた客観的手法へ、さらに近年では、スーパーコンピュータを利用してわずか1時間程度の時間で48時間先までの気象や台風進路の72時間予報、さらに1週間や1ヶ月先の気象の予測も可能な数値予報へと長足の進歩を遂げました。1996年3月からはこれらの成果を利用して、20km四方の細かな天気や降水量の予報も行われており、1997年1月からはこれに降雪量の予報も加わりました。
 現在の天気予報の体系は、地球大気や海洋を対象とした観測・予報・情報伝達に至る各サイクルが、コンピュータを武器に国際協力のもとで24時間休みなく稼働している、地球規模の巨大システムといっても過言ではありません。天気予報は、これまでの地表付近に限定された「天気」から、大気と海洋の振る舞いを総合的に予測する「環境」の予報へと発展しつつあります。
 天気予報は気象庁の専業とされてきましたが、1993年からは気象予報士を置くなど一定の要件を満たせば、民間でも局地的な天気予報などを行うことが可能となり、すでに2千人を越す気象予報士が誕生しています。こうした民間における気象事業の振興を図るため、1995年に「気象業務支援センター」が発足し、種々の支援資料がオンラインで関係者に提供されています。
 近年、人々の活動範囲もグローバルとなり、また、産業も細分化が進んでおり、社会活動のあらゆる場面で気象の重要性が増しています。また、災害も多様化しています。一般の人々の間にも、かってないほど天気予報についての関心が高まっており、気象予報士資格の取得や気象ビジネスに進出しようとする人々も増えてきています。
 天気予報は、最近では数値や図でも表示されていますが、天気予報文という文章で提供されるのが一般的です。これらは大気の状態についての純粋に科学的な予測である「数値予報の結果」を基礎に、一般向けの「天気予報」に翻訳したものです。天気予報に現れる種々の用語は、気象業務上の一種の約束事であり、その定義や意味、誤差の幅などを正確に理解して、意志決定に利用する必要があります。個人の期待や思いこみで天気予報を捉え、解釈することは損失やかえって社会に混乱を招きかねません。他方、気象庁ではこうした天気予報という最終製品以外に、天気予報の基礎となる国際及び国内の膨大な観測実況データのほか、数値予報の結果やガイダンスとよばれる天気翻訳の資料なども上記のセンターを通じて提供しています。これらは気象に興味のある人々にとっては情報の宝庫でもあります
天気予報を十分理解し、こうした基礎資料を活用するためには、天気予報全体を支えている基本的な知識や技術、予報上の約束事などについて知っておく必要があります。本書では、天気予報について興味や関心を持たれている人々を対象に、天気予報に関わる知識と技術の全体像の理解につながるよう、基礎的で基本的な事項を幅広く取り上げ、予報士試験事務の経験も踏まえて、出来るだけ平易に記述することを意図しました。厳密な議論よりもイメージ的な記述となっています。天気予報の実際は、今や物理法則に従う大気科学の応用技術ですから、その説明には大気の運動を支配する物理的な法則や数式の使用を避けて通ることは困難です。本書では出来るだけ基礎的な式に還元し、また、実際の現象を参照しながら記述するよう心掛けました。
 本書の刊行に当たり、当初から種々の貴重な助言と励ましを頂いた東海大学教授新田尚氏、辛抱強く編集に携われたオーム社岡崎桃子氏、図の調整を手伝って頂いた気象庁予報課木下仁氏に、心より感謝致します。

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